当時、中卒の労働力を「金の卵」と称していた。「金の卵」はもう死語だろうか・・・
同級生たちの一部は肩で風を切り、頭はリーゼント。丈の長いガクランにラッパズボンで
校舎を闊歩していた。
同級生のY君もそんな一人。
なかなか存在感があって、担任や校長先生に呼び出されたり一目置かれていた。
卒業後、他の同級生達と共に「金の卵」として上京して行った。
が、就職すると帰郷するたびに必ず担任と校長先生に会いに行き、挨拶を欠かさなかった。
私は高卒で就職し上京した時には、集団就職で上京した仲間は他へと転職したり帰郷したりで
彼のように同じ所にいる人は殆どいなかった。
Y君の職場は私の職場から遠くなかったので連絡を取って、日曜日、彼が勤めている町工場を
見学させてもらった。
油で爪の付け根からヒダの奥まで黒く染まっている手を見て(おそらく、洗ったりきれいにしても
落ちきらない)この3年間、いろいろあったんだろうなと思い、私はといえば、何も深く考えずに
ここまでのほほんと過ごしてきたことの差を思い知らされた。
「生きる」ということを意識させられた時だったと思う。
何を話したか、よく覚えていないのだが今でもその情景ははっきりと浮かぶ。
中学生で、いわゆる不良と呼ばれていた人たちとはなんとなく普通に話が出来ていた。
だから卒業してから会いに行けたし、彼とも45年の長~い付き合いになっている^^
同級生の女子より男子との方が付き合いやすかったのはあると思う。
女の子として扱われない方が楽だった。なにしろ私は男っぽかった?考え方も行動も。
多分、兄弟のような感覚なんだと思う。 いい仲間がいてうれしい。
建具、家具の塗替えと塗装は新潟県新発田市高橋塗装店